1848年、Colomaの町にあるこの公園の一画で、初めて、金が発見された。以前に、他の場所でも金が発見されたことはあったのだが、それは一時的なものにすぎず、その後も金が出続け、ここからゴールドラッシュが始まったという意味で、初めてと言えるのだろう。
1848年1月24日、大工のMarshallは、製材所の建築中、近くを流れる川、アメリカン・リバーの中から金を発見した。製材所のオーナーのSutterと、Marshallは、製材所の建設が終わるまで、金の発見を秘密にしようとしたが、 すぐまわりに知れ渡るようになり、そのニュースがサンフランシスコに伝わり、全世界に広がるようになるまで、たいして時間はかからなかった。まもなく、一攫千金をねらう男たちで、Colomaの町は人で膨れ上がった。
メキシコとの戦争の結果、カリフォルニアがアメリカ合衆国に加えられたのは、1848年で、当時の人口は、ネイティブ・アメリカンを除くと、14,000人だった。それが、金の発見を聞きつけた人が世界中からやってくるようになって、1849年の終わりには、100,000人、1852年には、223,000人にも上るようになった。ちなみに、サンフランシスコのNFL、プロのアメリカンフットボールチームのチームの名前、サンフランシスコ・49ers(フォーティナイナーズ)は、ゴールド・ラッシュで人が押し寄せたこの年、1849年から取ったものである。
最初の金の発見者Marshallは、New Jerseyで生まれ、ミズーリを経て、カリフォルニアにやってきた。ここらあたりでは、大工はあまりいなかったため、大工だったMarshallは、Sutterに雇われ、後に、製材所の建築を任されるようになった。金を発見したものの、Marshallの晩年はめぐまれなかったが、1890年、金発見の功績によって、Colomaの丘の上に、Marshallのモニュメントが作られた。
Visitor CenterはMuseumにもなっていて、展示もあり、映画もやっている。(無料、駐車料は$2)製材所のレプリカ(右の写真)や、中国人のお店(近郊の他の町で金が発見されるにつれ、Colomaの町の人口は減って行ったが、忍耐強い中国人のminerは依然前残っていたからか)、金を捜している男たちが住んでいた小屋など、古い建物も残されている。トレール(ハイキングコース)も3つ、ピクニックエリアも3つある。アメリカン・リバーでは、Rafting(ボートで川下り)やカヤックもやっている。浮き輪に乗って、川を流れていくグループもあって、楽しそう。川下りには、この流れはちょうどいいかも。おにぎりを川原で食べていたら、隣りで家族連れが水遊びをしていた。お父さんは、子どもをお母さんにまかせ、真剣に、ふるいで金を捜していて、ボトルに集めていたのが、印象的だった。今でも、まだ、金が見つかるみたいね。
この公園の問い合わせは、tel1−530−622−3470、または州立歴史公園のホームページへ。サクラメントから、50を東へ進み、Placervilleで49を北へ、くねくね道をColomaに向かう。サクラメントからは1時間位、サンフランシスコからは2時間半強。