私たちがConcord市に住んでいるからか、HPを開いてから、「若草物語」のファンの方から時々メールをいただく。アメリカに来るまでConcordなんて知らなかったし、ボストンに行きたいという人はいるけど、Concordにも足を伸ばしたいという人がこんなにいるというのはオドロキだった。「若草物語」の作者ルイザ・メイ・オルコットが住んでいたオーチャードハウスにも、図書館のフリーミュージアムパスが使えることを発見したので、この「ニューイングランドの穴場」に載せるために今回再度行ってきた。
「若草物語」は、ご存知のように、アメリカの南北戦争の頃のここConcordを舞台にしたメグ、ジョー、ベス、エミーの4姉妹が、貧しいながらも明るく成長していく心暖まる物語。
ルイザの父エイモス・ブロンソン・オルコットは、エマーソンとともに「超越主義」を唱え、哲学者、教育者であった。オーチャードハウスは2つの建物をつなげて作られた。オルコット氏は、建築家としてというか、大工の才能もあったようで、家の改築もしたし、家具も自分で作っていた。天井が低いのは、ニューイングランドの厳しい冬でも家の中を暖かく保つためだそうだ。庭にはりんごの木が2本植えられ、夏には花々が咲き乱れる。裏手には父が開いた学校の跡が残っている。一家はベジタリアン(菜食主義者)で、庭で作ったフルーツや野菜を食べていた。動物を食べないだけでなく、動物を使ったモノも使わず、奴隷制度にも反対していたので、南部の奴隷が作るコットンも使わなかったそうだ。
ピアノが好きだったシャイな三女のベス(物語でもベス)だけは、ここオーチャードハウスに住んでいない。物語と同じようにしょうこう熱にかかり、いったんは回復したものの、一家がここに引っ越して来るちょっと前に、22才の若さで亡くなっているからだ。
見学はツアーのみで、台所から始まる。ここでツアーガイドから「若草物語」全般の説明がある。ストーブの前の物干しもオルコット氏の手による。ルイザの本が売れてから購入されたシンク(流し)も当時のまま保存されている。
次は、ダイニングルーム。食器棚の中のチャイナは、オルコット夫人のもの。壁には、ルイザ(物語ではジョー)が39才の時の肖像画が飾られている。ルイザは、南北戦争の時に、従軍看護婦としてワシントンに行ったが、腸チフスにかかって6週間で帰された。その時の薬の水銀に長い間苦しめられた。ルイザの処女作は「Flower Fables」だが、この時ワシントンから家族に書いた手紙をもとにした「病院のスケッチ」が評判となり、小説家として生きていくきっかけとなったのだった。
その後はリビングルーム。ダイニングを舞台にして、リビングを客席にして、物語のようによくお芝居が行われた。ダイニングの後ろにある階段は、2階の四女メイ(物語ではエミー)の部屋に続いている。ここを通って役者たちは衣装を着替えに行ったという。長女のアンナ(物語ではメグ)は演劇が好きで、アマチュアの芝居のグループにはいっていた。そこで出会った男性と結婚し、結婚式はこのリビングで行われた。物語のように双子ではないが2児をもうけ、夫が亡くなってからは実家の近くに引っ越してきた。
隣りはオルコット氏の書斎。オルコット氏は私立の学校を開くが、音楽やアートの授業を取り入れたり、生徒に討論をさせたり、従来の教育とは違っていたので、父兄が生徒をやめさせ、最後にはオルコットの姉妹しか残らないということもあった。だから、23年間で22回も引っ越し、経済的には貧しい生活を送っていた。しかしここには、ルイザの本が売れたこともあって、約20年住んでいた。
2階は、まず、ルイザの部屋。執筆する時に使った半円形の机は、父が作ったもの。隣りにある本棚には、いろいろな国の言語で書かれた「Little Women(若草物語)」が並んでいる。日本語の本は、「若草物語」以外にも、「病院のスケッチ」「愛の果ての物語」「不屈のルイザ」など。当時は男の子が主人公の小説が多く、女の子のはあっても月並みな退屈なものが多かったので、女の子向けの小説を書いてほしいという編集者の依頼を受け、ルイザは「Little Women」を執筆した。出版されるとベストセラーになり、一家の生活はようやく経済的に安定するようになった。物語の中でジョーは結婚するが、ルイザは一家の生活を支えるために、生涯独身を通した。有名になると、出版関係を含めたくさんの人がこのオーチャードハウスを訪れるようになったが、ルイザはメイドのふりをして、「ルイザは今いません」と居留守を使うこともあったそうだ。
それから青を基調とした四女メイの部屋。メイは、美術の才能があり、部屋の壁にはたくさんのスケッチが残されている。ルイザの小説が売れてから、パリに3回絵の勉強に行った。そこで出会った年下の男性と結婚したが、娘ルルを産んだ6週間後に亡くなった。遺言によりルイザがルルを育てるが、ルイザの死後はヨーロッパの父の元に帰っていった。
最後は夫妻の寝室と子供部屋。オルコット夫人は、ボストンの富裕な家の出で、大おばは、マサチュセッツ州の最初の州知事ジョン・ハンコックと結婚している。ソーシャルワーカーとしても働き、貧しい人やヨーロッパからの移民を助けたりしていた。夫が社会に受け入れられない時でも変わらず夫を支持し、家族に献身的で、娘たちにとっては理想の「マミー」だった。ルイザ・メイ・オルコットのミドルネームのメイは、母の旧姓。
展示の部屋でツアーは終わり。ここを通ってギフトショップに戻る。館内は撮影禁止なので、部屋の写真は残念なことに撮れなかった。
ボストンからはI−95をExit30Bで下り、ルート2Aを西へ。Hanscom Air Force(空軍)を過ぎて、三叉路を右へ曲がる(左へ行くと2A)。Concord Centerの標識に沿って進み、Centerのロータリーのちょっと手前の右側にある。車で約40分。車のない人は、North StationからCommuter Rail(ローカル電車)のFitchburg方面行きに乗り、約45分で、Concord Center下車。歩いて約20分。週末は電車の本数が少ないので要確認。または、ボストンからのレキシントン、コンコードツアーの観光バスも出ている。入場料は大人6ドル。
問い合わせは、tel978ー369ー5617。または、オーチャードハウスのホームページへ。
以上は、オーチャードハウスの英語のツアーをもとに書いたので、多少違っていても許してね。